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農における新自由主義の脅威 溜池決壊を機に考える

政策研究大学院大学シニア・フェロー 原 洋之介(はら・ようのすけ) 1944年兵庫県生まれ。東京大学農学部農業経済学科卒。東京大学東洋文化研究所教授を経て、現職。著書に『エリア・エコノミックス』『新東亜論』『東アジア経済戦略』『「農」をどう捉えるか』『北の大地・南の列島の「農」』。共著に『危機の思想』『「文明」の宿命』など。

特別寄稿(転載)

西日本大豪雨

 昨年夏、西日本を襲った大豪雨で、瀬戸内海沿岸地域で、多くの溜池(ためいけ)が決壊した。大きな河川が存在しないこの地域では、古く中世期から溜池が造られてきた。

 私は地域社会の共同資本でもあった溜池の復興に、大きな不安を覚えざるを得ない。農地政策における最近の潮流からすると、「無駄な溜池の復興」ではなく、災害を契機として農地の取引においても市場原理を適用するといったことになるのではないか。端的に表現して、このような議論は「現実が悪いのだから、現実をぶち壊せ」という議論であり、市場原理をモデルとして現実を整序せよという新自由主義の主張である。このような政策では、人口減少下の日本で、人の空洞化、土地・農地の空洞化、そしてムラの空洞化という「三つの空洞化」が急速に進んでいる中山間地農業・農村が崩壊してしまうのはほぼ間違いないであろう。

金融資本主義にとって「他人の領域」の農業

 日本農業経済学の創設者であった東畑精一(1899─1983)は、銀行は将来の利益率が不確実な農業への信用供与には消極的にならざるを得ないと論じている(『農業信用の理論』)。

 また、前世紀最大の歴史家とも称されるフェルナン・ブローデル(1902─1985)は、資本主義にとって、農業は資本形成の時間が長く、収益が不確実でリスクに満ち、さらに村落社会といった歴史的形成物に深く埋め込まれていることが多いため、「他人の領分」といっている。資本主義がこういう農業に付加資本を十分に提供してくれることなどあり得ないのだ。

日本農政理念の基軸となった柳田国男農政理論

 東畑精一の末弟で農政官僚の東畑四郎は、戦後、規模拡大を図るため行われた農地改革の結果、資産的土地所有が急増したという現実から、「所有権を農業生産力を挙げる魔法の黄金のように考えていた思想が崩壊した」と述べている(『昭和農政談』)。こうした事態に対処するには農地の公的管理の必要性を論じ、それを言い出したのが柳田国男(1875─1962)であったと指摘している。「柳田先生は、本来であれば土地の所有権を、農業を本業としてゆく農家に与えるべきであるけれど、日本の土地の私的所有権というものを強制的にそういう者に与えるということは大変な問題である。したがって、土地の利用権─普通は賃借権─を公的に管理することの必要性を説かれたのです」。

ケインズの反金融資本主義論と農業・農村論

 21世紀世界での国民経済のあるべき姿を構想するとき、金融資本が中核の担い手となっている世界経済統治レジームの改革も、必須の課題のはずである。

 ケインズ(1883─1946)は、「金融的計算という原則に従うことによって、我々は、田舎の美しさを破壊し、星や太陽を遮り、ロンドンを芸術の都にすることに失敗したのである」(『国家的自給』)といい、金融資本主義のもたらす災禍を強調した。

 瀬戸内海沿岸での溜池の再建は、国土強靭化政策の重要な一環である。その推進のためにも、ケインズの洞察とともに、日本農政史の底流を支えていた柳田の「国富の源泉」としての農地・土地論を復権させることが急務となっているはずである。 【要約】

本稿は雑誌『表現者 クライテリオン』(啓文社書房)の連載「農は国の本なり」の第3回記事(2018年11月号)を、著者・出版社の承諾を得て要約・掲載させていただいたものです。

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