農業ビジネスという世界戦争
特別寄稿(転載)
アメリカ発の農業ビジネス世界戦略
「食糧は、世界を動かす権力だ」
1995年に筆者が参加した北京女性会議の席で、バティーニ国連世界食糧計画事務局長(元米農務次官補)はこう言った。この発言こそが、今日本を含む多くの国に仕掛けられている、米政府の世界戦略と国際バイオ戦争の狙いを鮮明に表している。
この内容とそれができた経緯について、今ほど日本人が関心を向けるべき時はないだろう。「農協改革」を旗印に、日本国内の農業に対し現在進められている数々の法改正は、全てここが原点だからだ。
「農業」から「アグリビジネス」へ
1970年代後半のアメリカでは、世界食糧危機で大もうけした、穀物メジャー6社の意向を受け、米政府が食糧を、「自国民を食べさせる」ためのものから「外交上の武器」という位置付けに変えた。その結果、労働集約型の家族農業は、集中化され大規模化された資本投下型のアグリビジネスに淘汰(とうた)され、農民たちは、大企業のマニュアル農業をする「雇われ契約社員」になってゆく。バイオ最大手のモンサント社は、1年しか発芽せず、自社の農薬だけに耐性を持つ「遺伝子組み換え種子」を開発、それは同社に莫大(ばくだい)な利益をもたらすと同時に、「食」を通して他国を攻撃するという、新しい世界戦争の幕を開けたのだった。
農業で他国を侵略する
自国の次は国外の市場がターゲットだ。まずは農地を企業が買えるよう法律を緩め、取得した農地を集約化して大規模農業を展開する。共販制度を解体し、倒産した地元農民が離農した後に、米資本のグローバル企業が参入し、大量の輸出用作物を作付けするのだ。この手法で、米政府はインド、イラク、豪、中南米、ブラジルなど、多くの国々の農業を手に入れていった(この辺りの詳細は拙著『(株)貧困大国アメリカ』に記載)。
アグリビジネスのための新国際ルール
やがて彼らは、一気に市場を広げる「自由貿易体制」を望むようになり、1995年にWTOを設立する。世界で初めて「植物に特許を与える法」が誕生し、その後バイオ企業寄りの国際ルールが次々に作られてゆく。2017年4月に日本の国会でスピード可決した「種子法廃止」や、都道府県の種子開発データを民間企業に提供させる「農業競争力強化支援法」は、どちらも1991年に改正された企業の特許のために農家の自家採種を禁ずる「UPOV条約」とつながっている。ちなみに2019年発効のTPP11で、全参加国にUPOV条約への批准義務化を主導したのが他でもない日本政府である事は、ほとんど知られていない。
このように、過去数十年の歴史をひもとくと、今起こっている事が、単なる農協改革や農業効率化云々(うんぬん)でない事が分かるだろう。世界中の伝統農業と共同体、地方の経済基盤を破壊し、食の安全と多様性を犠牲にする「アグリビジネス」と、そこでの主導権をめぐる壮絶な戦争に、わが国は巻き込まれているのだ。日本各地の農業と、協同組合を死守しなければならない理由はここにある。守るべきものを見誤らず、切り売りされた貴い財産を、一つ一つ取り戻さなければならない。 【要約】
本稿は雑誌『表現者 クライテリオン』(啓文社書房)の連載「農は国の本なり」の第2回記事(2018年9月号)を、著者・出版社の承諾を得て要約・掲載させていただいたものです。
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