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農は国の本なり

東京大学教授 鈴木 宣弘

特別寄稿(転載)

武器としての食料

 国民の命を守り、国土を守るには、どんなときにも安全・安心な食料を安定的に国民に供給できること、それを支える自国の農林水産業が持続できることが不可欠であり、まさに「農は国の本なり」、国家安全保障の要である。

 例えば、米国では食料は「武器」と認識され、多い年には穀物3品目だけで1兆円に及ぶ実質的輸出補助金を使って輸出振興し、いかに世界の人々の「胃袋をつかんで」牛耳るか、そのための戦略的支援にお金をふんだんにかけても、軍事的武器より安上がりだという認識である。

 また、日本の農家の所得のうち補助金の占める割合は3割程度なのに対して、EUの農業所得に占める補助金の割合は英仏が90%前後、スイスではほぼ100%と、日本は先進国で最も低い。命を守り、環境を守り、国土・国境を守っている産業を国民みんなで支えるのは欧米では当たり前なのである。

食料自給率の維持は不可欠

 我が国の食料自給率は38%(カロリーベース)まで下がっている。海外産が安いからといって国内生産をやめてしまったら、2008年の食料危機のときのように、輸出規制でお金を出しても売ってくれなくなったとき、日本人も飢えてしまう。だから、普段のコストが少々高くても、ちゃんと自分の所で頑張っている人たちを支えていくことこそが、実は長期的にはコストが安いということを強く再認識すべきである。

 しかも、輸入農産物は、成長ホルモン、遺伝子組み換えなどのリスクがある。食料安全保障には質と量の両面がある。質の安全保障を確保するには量の安全保障、つまり、食料自給率の維持が不可欠なのである。

 しかし、さらなる貿易自由化と国内の規制緩和による既存の農業経営の崩壊、農協解体に向けた措置、外資を含む一部企業への便宜供与、そして、それらにより国民の命と暮らしのリスクが高まる事態が「着実に」進行している。

国家安全保障政策としての農業政策

 日本の農産物は買い叩かれている。農家の農業所得を時給に換算すると、お米で480円、果物や野菜でも500~600円程度。

 国内農家の時給が1000円に満たないような「しわ寄せ」を続け、海外から安いものが入ればいい、という方向を進めることで、国内生産が縮小することは、国民全体の命や健康、そして環境のリスクは増大してしまう。自分の生活を守るためには、国家安全保障を含めた多面的な機能の価値も付加した価格が正当な価格であると消費者が考えるかどうかである。そして、価格に反映しきれない部分は、全体で集めた税金から対価を補てんする。これは保護ではなく、様々な安全保障を担っていることへの正当な対価である。

 「食を外国に握られることは国民の命を握られ、国の独立を失うことである」ことを常に念頭において、国家安全保障確立戦略の中心を担う農林水産業政策を再構築すべきである。 【要約】

本稿は雑誌『表現者 クライテリオン』(啓文社書房)2018年7月号から始まった連載「農は国の本なり」の第1回記事を、著者・出版社の承諾を得て要約・掲載させていただいたものです。

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