インタビューシリーズ“発信”する農業者 第2回 横田祥さん (AGRI BATON PROJECT代表 茨城県龍ヶ崎市・米農家)
農業を知らなかったからこそ分かる農業の魅力 未来を担う子供たちに 今 伝えたいこと
インタビュー企画「“発信”する農業者」の第2回は、インタビュアーのファームサイド(株)の佐川友彦さんが、子供たちに向けて食育活動を展開するAGRI BATON PROJECT代表の横田祥さんにお話を伺います。
「農業ってこんなに素晴らしい」を伝えたい
佐川友彦さん まず現在の食育活動を始めるきっかけを教えてください。
横田祥さん 私自身、家族の職業柄、転勤が多い環境で育ってきたため、結婚をして米農家に就職するまで、農業に触れる機会はほとんどありませんでした。初めて田んぼのあぜ道を歩いた時、たくさんの生きものが一斉に田んぼを跳ねていく姿を見て「この楽しくてすてきな世界やお米の育つ環境を少しでも多くの子供たちに知ってもらいたい」と感じたことをきっかけに、20年前から「田んぼの学校」を企画し農業体験による食育活動をスタートしました。「いつも食べているお米は“どんなところで育っているのか、どんな人が育てているのか”ということは農家側から発信していかないと消費者には届かない」と、当時はまだSNSも今ほど発展していなかったので「リアル(対面)で伝える」ことを大切にしていました。
佐川さん ご自身の印象的な経験が今の情報発信の原動力になっているんですね。20年間という長い期間、情報発信を続ける中でのモチベーションは何だったのでしょうか?
横田さん 田んぼの学校に参加してくれる都会に住む消費者から「今まで知らなかった」という声を聞くたびに「まだまだ農家と消費者の距離が遠い」と感じると同時に「もっと伝えたい」という思いが強くなっていきました。今も一人でも多くの子供たちに「農業の楽しさを知ってほしい」という気持ちが活動のモチベーションになっています。
佐川さん 手軽になった情報発信を売り上げやファンを増やすための一つの手段として活用している農業者の方も多いですが、一歩間違えると消費者からその「ビジネス感」をくみ取られてしまう懸念もあります。そういった点で、横田さんの純粋な「伝えたい」という気持ちは情報発信の中で非常に大切な要素の一つですね。
さらに「誰か聞いて」という不特定多数向けの発信よりも、横田さんのように最初からターゲットを絞って「こんな人にこんなことを伝えたい」という“発信”の方が受け手も自分事として捉えやすいですね。
同じ思いを持った仲間をつなげた“発信”
佐川さん 横田農場という個人の活動から、現在約90人規模のAGRI BATON PROJECTという一つの大きな組織として活動をするようになるきっかけは何だったのでしょうか?
横田さん ある時友人と話をする中で、県内の中学生に授業の一環で「なりたい職業ランキング」を聞き取ったところ“農家”と答える生徒は一人もいなかったという話を聞きました。そこで「ここであきらめてしまわないで、私たちのような一農家の女性にも何かできることがあるはず」という気持ちで、農業女子仲間3人と自分たちにできることを考える中で思いついたのが子供たちに身近な絵本で「伝える」ということでした。
絵本を作るにあたってクラウドファンディングを使って自分たちの思いを“発信”したところ、賛同してくれるたくさんの仲間と出会い、今の活動があります。
佐川さん 農業について「知っている」と「なりたい」の間の大きなギャップを横田さんのような「魅力を伝える」という“発信”が埋める役割を果たしていると感じます。またお話を伺ってクラウドファンディングは「伝えたい対象者に向けて発信すること」と「同じ“伝えたい”を持つ仲間を見つける」という目的に対して非常に有効なツールだと感じました。
子供たちと“発信”の交換をリアルタイムにできるのが読み聞かせ
佐川さん AGRI BATON PROJECTでは絵本を制作・出版しプロジェクトのメンバーである全国各地の農家さんが地元の子供たちに絵本の読み聞かせと自身の思いを伝える活動をされていますが、活動の中で印象的な体験はありますか?
横田さん 子供たちが絵本と農家自身の体験を興味津々で聞いてくれたあと、農産物を触ってみたり、嗅いでみたりする中で「食べてみたい」と言ってくれることが食育活動をする中で一番のうれしい瞬間です。分かりやすく“発信”する方法として動画などもありますが、絵本はせりふの合間に読み手の思いや子供たちの反応に対するレスポンスを挟んで、思いのキャッチボールができるところが魅力だと感じています。
佐川さん 確かにそれは読み聞かせだからこその体験ですね。ただ、たくさんの仲間の意見をくみ込んで絵本を作り上げるというのは苦労も多かったのではないですか?
横田さん それがびっくりするほど苦労を感じたことがなくて。
佐川さん 苦労を感じなかったというのは、まさに天職、横田さんに向いていたというのが大きいんだと思います。 今、情報発信・表現の方法が数多くある中、個々で向いているものは異なると思うので、横田さんは絵本の読み聞かせがそうであったように農業者の方それぞれに向いているものがあり、それぞれに可能性があると感じます。改めて横田さん、今回はありがとうございました。