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広報部

対×談 日本農業に息づく多面的な環境思想

 「地球の環境保全に積極的に取り組む」は、全農の経営理念の一つになっています。私たちは環境保全や地球温暖化を重要な問題と考えており、田んぼの生きもの調査や農業体験を通じて、子どもたちに環境問題を身近に感じてもらう取り組みを行っています。今回は、子どもたちが将来なりたい職業として人気№1の宇宙飛行士として、国際宇宙ステーションに滞在した経験を持つ山崎直子さんと、デジタル地球儀「触(さわ)れる地球」を開発した京都造形芸術大学教授の竹村真一さんに、地球の環境と農業、食料問題などについて語り合っていただきました。


平面の地図から地球俯瞰(ふかん)の視点へ

京都造形芸術大学教授
竹村 真一さん(たけむら しんいち)
1959年生まれ。東京大学大学院文化人類学博士課程修了。文化人類学者。京都造形芸術大学教授。NPO法人 Earth Literacy Program代表。世界初の「触れる地球」を企画・開発(2005年グッドデザイン賞・金賞)し、ITを駆使した地球環境問題へさまざまな取り組みをしている。東日本大震災後、政府の「復興構想会議」検討部会専門委員、国連防災機構のコミュニケーション・アドバイザーなどを務める。著書も多数。

竹村真一さん 今日持参した「触(さわ)れる地球」(小型版スフィア)を作ったきっかけを、まず話したいと思います。私の専門は文化人類学です。これまでアマゾン、チベット、アフリカなど、南極と北極以外、国の数でいえば80カ国以上に足を伸ばしてきました。6万年前にアフリカを出た人類が、最後には南米のフエゴ島までたどり着きましたが、そういう旅をわずか6年でやりました。6万年の旅を6年でやることが可能になった時代という意味で、非常に現代的な旅です。しかし、そんな時代になっても子どもたちは学校で地理、歴史、環境問題を学ぶのに、16世紀の信長の時代のメルカトル地図で世界を見ています。

 われわれの時代はグローバル化していて、日本食を食べてもその食材は相当程度海外から来ていて、「毎日、地球を食べる」ような生活をしています。なのに、そうした現代社会のリアルに拮抗しうるような情報環境が準備されていないため、私たちの想像力はいまだ19世紀人と変わりません。21世紀の時代にふさわしい情報環境として、IT技術を駆使し、地球の現状をリアルに見える化できるメディアを作ろうと発想して「触れる地球」を作りました。

山崎直子さん 私は90分で地球を一周してしまう宇宙船にいましたが、これこそ本当に便利な時代になったな、人の技術力のすごさに感嘆しました。同時に、初めて地球を見たときに、今まで地図で見ていた印象と全く違うのに驚きました。地図を見ると北に北海道、南に沖縄、上が北で下が南という固定概念がありますが、その上下通りに見えることがほとんどなく、斜めに見たり、逆さまに見たりと見慣れている地形のはずなのに、一瞬、あらここはどこだろうと、分からなくなるんですね。一つの方向からだけ見てはいけない、見方によって物事の捉え方が違ってくるということを痛感させられました。

元JAXA宇宙飛行士
山崎 直子さん(やまざき なおこ)
1970年生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了後、宇宙開発事業団(現、宇宙航空研究開発機構=(JAXA)に入社。国際宇宙ステーション(ISS)の開発に従事しながら宇宙飛行士を目指し、宇宙飛行士に選抜された。日本人女性宇宙飛行士として2人目。2010年4月、スペースシャトルに乗り込みISSに向け出発。宇宙滞在中にさまざまな任務をこなす。宇宙政策委員会委員、女子美術大学客員教授、星取県(鳥取県)宇宙部長、2025年万国博覧会誘致特使などさまざまな役職を務めている。

 宇宙から地球を見ると、昼間は大自然の力強さが圧倒的で、白い雲のダイナミックな動きや海の青さ、森や大地の色が強烈です。夜は真っ暗になる代わりに明かりが、こうこうと浮かんでいます。夜は人の営みの力強さを感じました。細かく見ると地球そのものがダイナミックに動いているというよりも、むしろ生きている、一つの生命体のような感じを受けました。

竹村さん エルニーニョ現象や海水温の変化なども衛星技術で捉えたものですよね。宇宙から地球の“体温”と“体調”をほぼリアルタイムで診断し、それを全球的に見える化することが可能な時代です。海は広大すぎて、全貌を捉えることは数十年前までは不可能でした。衛星が90分で地球を1周する時代になり、スキャニングした体温と体調を全球で表示すると「触れる地球」になります。衛星からのデータで作物の成熟度や糖度を見て、十把ひとからげに収穫するのではなく、成熟したところから収穫する、効率的で無駄のない農業が可能な時代になっています。農業者の間でも既に始まっていますよね。地球の体温や体調を見るのは、遠大な話のように見えますが、農業や人の営みに直結する話です。

 またエルニーニョやラニーニャといった地球の気候変動は、小麦の収穫量の増減とすごく同期しています。農業者にとっても海水温の変化は決して無視できない話で、こういうものをちゃんと見ながら農業をマネージしていくことは、干ばつや不作への対応、地球社会のリスクマネジメントに直結してくると思います。

山崎さん 北海道でも実験していますが、青森の米「青天の霹靂(へきれき)」は人工衛星のデータでタンパク質の成分を測って、一緒に収穫するのではなく最適な時期に収穫することに活用されていますし、お茶なんかもそうですよね。テアニンといううま味の成分を測って収穫しています。農作物は地球の恵みの産物で、地球の環境と密接に関係しています。それを視覚で見えるようにするということは、素晴らしいことですね。

竹村さん 触れる地球では、季節変動で緑が北上したり南下するのが見えるんですが、アフリカや南米で時々、赤いものが見えます。これは森林火災です。干ばつによる自然発火もありますが、人間が森に火をつけて農場にしているものもあります。人が食べていく、大人口を養うのが農業でもありますが、逆に次世代まで含めたサスティナブル(持続可能)な農業を考えた時に、大規模に森林を焼いて、農産物を作る今のグローバル経済、農業のあり方を、持続可能な、あるいは次世代からの借り物という考えから再考していかなければならないと思います。

地球の目となり耳となった人類

山崎さん 地球は一つの生命体のような気がします。地球には目も耳もありませんが、いろいろなセンサーや衛星からの目で、私たち人間が地球の目や耳となる時代になったのだと思います。

竹村さん 素晴らしい表現ですね。人類は地球の目となり、耳となる。逆に言うと、地球が進化する過程の中で、「人類」という感覚器を地球は持つようになったといえるでしょう。生物はそれぞれ素晴らしい感覚能力を持っていますが、衛星技術やインターネットという地球大の感覚神経系の力はものすごく大きいといえますね。

山崎さん インターネットは神経系と表現してくださいましたが、まさにその通りだなという気がします。

竹村さん 最初の地球の大気には酸素も、紫外線をカットするオゾン層もありませんでした。初期の光合成バクテリアが酸素を排出し、飽和した酸素の一部がオゾンに変わってオゾン層を形成したことで、ようやく陸上に生物が進出し、緑の地球になりました。今の素晴らしいこの星は、生物と地球がコラボレーションして作り上げたものです。生物の営みを通じて地球を進化させてきました。(人類が)地球の目と耳を持つということは、地球の進化に貢献していると言えるかもしれません。

山崎さん 壮大な話ですね。

 私が行った国際宇宙ステーションでは、水の60%をリサイクルしています。空気も二酸化炭素を酸素に変えています。ただ、食べ物は地上からの補給に頼っています。ここ数年の間に「宇宙農業をやりましょう」ということで、レタス、ハクサイの一種の「東京べか菜」を水耕栽培で育て、収穫して食べられるようにはなってきました。それを考えると、持続可能な社会をつくるということは、宇宙船にしても地球にしても全く同じだと思います。

 農業を考えるとき、宇宙でレタスや東京べか菜を作るのは、非常に難しいことです。養分と水を与えればいいかというと、そうではないんです。地上と違って土が使えないこともあって工夫が必要でした。地球の46億年の歴史の中で空気ができて、土が培われてきていて、農業は地球の産物なんだな、それは、食べ物を作るというよりも地球から恵みをいただいているという気がします。

竹村さん 今の話を聞いて面白かったのは、宇宙船の中では水をはじめリサイクルしている点です。同じことを「宇宙船地球号」でも出来ないか?

 たとえば日本人の1日の水の消費量は3㍑、300㍑、3000㍑という数字があります。3㍑は食べ物を含めて体に摂取する水。300㍑は生活用水、3000㍑は食べ物を作る農業用水です。日本の先端技術で宇宙船のように水をリサイクルする住居、ほとんど水も電気もいらない「無水無電源トイレ」などが出来ていて、生活用水は宇宙船並みにできる見通しも立って来ましたが、問題はやはり人類の淡水消費量の7割を占める農業用水ですね。

 食糧の輸入が多いということは、世界の水資源を使って食べ物を得ているということです。いわゆるバーチャルウォ—ターです。日本は急峻(きゅうしゅん)な地形で失われる水資源をしっかり担保し、同時に生物多様性も高める水田という農業OSも持っているので、その伝統を継承し、いい形で日本の水を使って自給率を高めていけば、世界の水ストレスを減らしていくことにもなります。

 一方で、石油の力で水をくみ上げ散水する、水の大量消費型農業の持続可能性が問われています。乾燥地帯では、まいた水の80%、90%が蒸発で失われてしまい、非常に効率の悪い水使用です。一方、都市の食糧自給にもつなげるべく、水耕栽培などでやれば100分の1の水で、100倍の収量を上げるレタス工場もできています。人類の水使用や農業OSを宇宙船地球号に適合した形に改善していくことで、山崎さんがおっしゃったように、宇宙船の中の暮らしのような無駄のない、循環型で効率的な農業生産と生活を「宇宙船地球号」で、できるのではないかと思います。

山崎さん 最近、学校の中でも食育が増えてきました。非常にいいことだと思います。食べ物は農家の努力といろいろな経路を巡って届くわけですが、自分たちの食を見直すこと、食を大切にすることが、生産者へのエールにつながるのではないかと思います。最近だと顔が見える野菜のように農家の思いが伝わる動きが出てきました。私たちももっと(現場を知る)努力をしていかなければと感じています。

竹村さん 日本の農業は食べ物を作るだけではなく、国土を作り、水を作り、豊かな生態系を育ててきました。その伝統を次世代につないでいく使命もあると思います。それを学校でちゃんと教えていないと感じます。日本は水が豊かな国だと習うけれど、急峻な地形で雨はあっという間に流れ去ってしまいます。洪水と渇水を繰り返してきましたが、前述のように治水と保水の機能を兼ねた田んぼとか、川の付け替えで管理してきました。生物も水も豊かな日本の国土を享受できるのは、農業、人の営みが築いてきた結果です。日本の国土は、西欧的な自然保護思想とは違う、もう一つの環境思想を提示していると思います。つまり「人間は地球環境のなかで必ずしも悪者ではない、やりようによっては生物多様性、環境価値を高める役割を果たしうる」というメッセージを日本の国土は実証していると思います。それを日本人自身も忘却し、世界にも伝わっていません。

 インバウンドの急増、日本ブームのなか、クールジャパンでアニメ、ゲームばかりでなく、じつは日本農業もクールであると見直されて良いのではないか? と思います。おいしい果物、高付加価値の農畜産物(ジャパンブランド)だけにとどまらず、地球環境を良くする農業の伝統がある、ここが最大の価値創造であるという形で世界に訴え、価値を高めていくことが求められています。地球のお役に立っている、子どもに対しても胸を張れる農業をしたいという若い農業者がたくさんいると思います。そういう方々にエールを送る雰囲気をつくることも必要でしょう。そうすると日本の農業のあり方が、世界のブランドになります。

山崎さん ミラノ万博(2015年)で日本の食と、この触れる地球が展示されてすごく盛況だったと聞いています。環境と結び付けた食育、農業教育というのが、竹村さんの話を聞いて大切だなあと感じます。

竹村さん 今、おっしゃったように食育、食料、食べ物というのは、ポーンとここにあるのではなく、人の営みとか、地球とのコラボレーションの結果としてあるわけです。今の食育はちょっと底が浅いかもしれません。今回の対談は、大事な問題提起になったと思います。

 

ことば

触(さわ)れる地球 “地球目線”でものを見て考える、「地球人」を育てたい—。発案者の竹村眞一さんが中心となって開発した、次世代のインタラクティブ(対話、双方向)なデジタル地球儀(地球儀型ディスプレイ)。リアルタイムの雲の様子、地球の温暖化、台風・津波の発生過程、渡り鳥の移動などを体感できる。さまざまな情報を追加することで、地球のダイナミックな動きを再現・体感できる。中型普及版がキッズデザイン最優秀賞・内閣総理大臣賞を受賞した。学校やさまざまなイベントで環境教育などに活用されている。

 
「触(さわ)れる地球」を貸し出します
外形寸法:幅45㌢、奥行き46㌢、高さ60㌢(球体ドーム直径・35㌢)

県本部、JAなどを対象に「触れる地球」(小型版)の貸し出しを始めました。直売所などでのイベント、食農教育にご活用ください(Wi-Fi環境が必要です)。

申し込み・問い合わせは全農広報部広報SR課へ

℡ 03-6271-8056

メールアドレス zz_zk_koho@zennoh.or.jp

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