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連載 食料への権利と農業(1)子どもたちの食生活が今危ない 農業ジャーナリスト 山田優

 世界的な人口増加や異常気象、ウクライナ情勢に見られるような地政学的リスクにより、今、わが国では「食料安全保障」という国民が必要とする食料の安定的な調達という“量的な食料問題”がクローズアップされています。一方で伝統的な食の継承や地域性などを維持していく「健康で文化的な食生活を送る」といった“質的な権利”を守っていくことも大事であると私たちは考えます。そのことはJAグループにとっても重要なテーマの一つです。現地事例や識者の見解をもとに、その「食料への権利」を守るためには何が必要か、皆さんと一緒にシリーズで探っていきます(全6回)。


農業ジャーナリスト 山田優

 新型コロナウイルスの感染拡大は、非正規雇用者やひとり親世帯など弱者に悪い影響を与えています。子どもたちにそのしわ寄せが及んできました。

 文科省によると、小中学校の児童・生徒を対象にした就学援助を受けている割合は14.5%です。実に7人に1人以上。貧困はけっして一握りの問題ではありません。

 貧困と子どもの食に詳しい東京都立大学の阿部彩教授は「家計費を削るには食費しかない。家賃、通信費、公共料金、学費は削減が難しい」と指摘します。

 やりくりをできるのは食費だけ。子どもたちはその節約に直撃されるのです。

 ある調査では貧困層の子どもで「給食以外で毎日野菜を食べる」と答えたのは半分以下。「1週間のうち、4、5日は朝ご飯にも夕ご飯にも野菜が出てこない」と回答が寄せられました。そうした家庭では、肉か魚を食べる頻度も低くなっています。阿部教授によると、食事回数を減らしたり、手っ取り早くおなかが膨れるでんぷん系のパンやうどん、米だけで飢えをしのいだりする子どもたちが多くいます。

 日本国憲法で定めた「健康で文化的な生活」を送るための食料への権利が、子どもたちの間で侵害されているのが現実です。

 食料への権利。耳慣れない言葉ですが、国際社会で注目されています。食べものを確保する目安として、食料の自給率などを含めた国の食料安全保障がよく語られます。食料への権利は、すべての人が健康で文化的な食生活を送ることが保障されるべきだという考え方です。

 国全体として食料が確保されても、満足な食生活を送ることができなければ、食料への権利が侵害されています。

 政府の社会保障政策は、欧米に比べ食料への権利に十分に応える内容になっていません。NPO法人や地域団体などが、こども食堂などの支援をしています。各地の農家やJAでも農産物の提供を通じて寄り添う動きは広がっています。

 JAグループは、国内の農業生産を中心にして食料安全保障を確立することを主張しています。国内に広がる貧しい食生活にも目を向け、食料への権利を守る姿勢が求められているでしょう。


食べられない子どもに寄り添って40年

広島市の中本忠子さん(88)インタビュー

広島市のNPO食べて語ろう会事務所で今も台所に立つ中本忠子さん

―親のネグレクトにあった子どもたちに40年以上食事を通じ支援してきました。

 犯罪や非行に走る子どもたちには共通して空腹、孤独、居場所の欠如があります。その三つが解決できれば問題は収まると思います。私にできることとして食べさせることを続けてきました。腹が減ったから万引きする。気を紛らわそうとシンナーを吸う。彼らに何を言っても馬の耳に念仏です。特効薬はありません。とにかく食べてもらう。そうすると子どもたちの表情が変わります。さらに「ワシよりもこいつの方がたいへんや」みたいにして、別の友達を連れてきます。どんどん子どもやその親まで増えて、自宅で毎日5kgの米を炊いていました。その後、地域の人たちと一緒にNPO法人にして活動を続けてきました。

―経済困窮者には生活保護などのセーフティーネットがありますが、機能していないのでしょうか。

 生活保護などで守られている親が薬物、アルコール、ギャンブル依存で子どもが十分に食べられない事例が多くあります。虐待や育児の放棄ですね。その子どもが大人になって、ふたたび子どもを虐待する。満足な食事ができない。どこかで止めないと、社会の中で負の連鎖が続いてしまいます。誰にでも(健康で文化的に)食べる権利はあるはずです。

―食事には手間が大切だと言っていますね。

 家庭の中でお母さんが食事の大切さを伝えることが望ましい。おむすび一つでも良いから自分で作ってあげてほしいといつも言います。それができないから私が作る。食べることで大切なのは、手間をかけることです。インスタントや出来合いのものを出すのではなく、一生懸命作ること。その熱意は必ず子どもにも伝わります。

―農業関係者からの支援を受けていますか。

 今は米、野菜、果物や卵などの支援が多く、ほとんど食材を買う必要がありません。広島県や長野県のJAが支援してくれます。地元では農家がJA直売所に出荷する際、野菜などを特別な箱に入れます。それを私たちが毎週2回引き取る仕組みです。個人農家も「広島市内に出てきたから」とふらっと現れ、ホウレンソウを置いていくこともあります。卵は佐賀と神奈川などの養鶏農家から毎週宅配便で届きます。地元の生協は、毎週1万円分の商品を支援してくれます。それで調味料や肉や魚を手に入れています。ありがたいことです。こうした支援が私たちの活動の支えです。

(山田優・農業ジャーナリスト)

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