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連載 有識者インタビュー 適正な価格形成を考える ②

JAグループの交渉力に期待 東京大学大学院農学生命科学研究科 安藤光義教授

 持続可能な農業に向けて国は、生産コストに見合う適正な価格形成の法制化を含めた議論を進めています。適正な価格形成について、有識者に現状や課題、産地やJAグループに求められることなどを聞きました。(取材日・1月8日)


プロフィル

安藤 光義(あんどう みつよし)

 1966年生まれ。89年東京大学農学部を卒業し、94年に同大学大学院農学系研究科博士課程を修了。2007年から同研究科准教授、08年からイギリスニューカッスル農村経済研究所で客員研究員を経て、15年より現職。専門は農政学や農地制度など。食料・農業・農村政策に関わる問題について研究・調査をしている。

 
正直ベースで長期の信頼構築を

——生産コストが上昇している要因を教えてください。

 国際的には、ウクライナ情勢がエネルギー価格や物流コストの上昇を引き起こし、さらに円安が輸入価格を押し上げました。特に海外に依存している肥料原料の調達が困難になり、一時期、生産現場では肥料を入手できないのではないかという危機意識が広がっていたそうです。輸入価格の上昇が生産者の経営を圧迫しています。

——農畜産物の価格転嫁が進まない状況をどう見ていますか?

 国内では、所得が上がらないため物価も上がらないという状況が長く続いています。安価な物を選ばざるを得ない状況にあり、このような意識から抜け出せず、生産コスト上昇分を販売価格に転嫁することができていません。

 消費者や業界に受け入れる余地がないように思います。そこで、「ステルス値上げ」という消費者が気付きにくい形での値上げが増えているのではないでしょうか。

 しかし、売る側であるメーカーも値段を上げきれません。すると、仕入れ値や製造コストを下げる方向に圧力をかけます。こうなった際に最も立場が弱いのが生産者です。価格交渉力が弱いため、厳しい状況にさらに追い込まれています。

——価格交渉で気を付けなければならないことは何ですか。

 生産者が個人で交渉するよりも、JAなどの組織を通じて集団で交渉するという意義は大きいと思います。フランスのエガリム法のように、コストから価格を形成する仕組みを参考にすることも考えられます。価格交渉力が強い量販店の圧力に押されないよう、生産者組織がまとまって対抗していくことが重要です。日本ではその役割を果たしているのがJAグループです。

 ただ、国内では所得格差が大きくなっています。農畜産物の価格を上げないと農業経営の持続性が確保できない半面、農畜産物の価格が高くて困っている消費者がいます。こうした現実の中でかじを取ることは非常に難しいでしょう。

——国は適正な価格形成に向けた法整備を進めようとしています。

 売り手はコストを把握した上で交渉し、買い手はコストを考慮して値上げを検討するという形を政府は目指しています。ただ、生産者は正確なコストを示す必要があり、流通業者や量販店などは手数料など手の内を明かさなければ、適切な交渉は成り立ちません。果たして皆が正直に打ち明けるかどうか疑問が残ります。

 正直ベースの価格交渉を進めるには、長期的な信頼関係を築くことや、関係者の利益や損失が公平に配分されるような構造が必要です。「競争こそが公正な環境をつくる」と主張する人もいますが、世の中のステージが変わりました。競争よりも協調、そして全体としての最適解を生み出せるかどうかが重要です。

鍵を握るのは生産部会の組織力

——今後、産地やJAはどうすべきですか。

 価格交渉のためにコストを把握することはもちろんですが、コストを下げていく努力は引き続き必要です。生産部会で効率的な栽培方法などの知見や情報を共有し、技術力を高めていくことが求められます。

 例えば、年に4、5作できる野菜で、部会に20人所属していれば全体で100回ほどの栽培経験をデータとして集められ、共有できます。部会内で情報を開示し、共に産地を盛り上げていこうという意識が重要です。各部会や産地にはリーダー的存在がいるでしょう。周りを巻き込み、リードしていってくれることに期待したいです。

 産地として市場から求められることの一つに生産量があります。産地には零細農家から大規模生産者まで多様な生産者がいます。大規模経営で生産量を一人で賄えるという生産者もいるでしょうが、気候変動などのリスクがある中で生産者が皆で協力し合うことは大きな意味があります。それをまとめることもJAの役割の一つです。

——消費者の理解を得るにはどうしたらよいですか。

 生産現場をよく見てもらうことだと思います。農畜産物がどのように作られ、どのように食卓まで届いているのかについて見たり経験してもらったりして理解を得ることが重要です。作ることの大変さ、販売することの大変さを食農教育などで伝え、価格について考える機会を作ることが大切ではないでしょうか。

 消費者以外にも、流通業者や量販店関係者にも生産現場を見てもらいたいと思います。現場の苦労や現状を知ることによって、自分の利害を超えて物事を考えることができます。

 生産者、流通業者、量販店、消費者の知恵を集めて、すくみ合うのではなく協力ゲームのような感覚で力を合わせていけるように変えられるかどうかだと思います。業界のプレーヤー同士が正直さや誠実さを保つことは、長期的に取引の安定を生むことにつながります。

JAグループの役割を強調する安藤教授
 
 

適正な価格形成に関する県本部の取り組みをピックアップ!
秋田県本部
盛りあげよう! 秋田の農業!
「eat AKITA (イート アキタ)プロジェクト 〜その“ひとくち”が秋田の農業へのエールになる〜」が始動

安定生産へ、必要コストに見合った販売価格への理解醸成を図る

 秋田県本部とJAグループ秋田は、組合員・生産者の営農を支え、生産された農畜産物を消費者の食卓に届けることを担う団体として、生産者と消費者の双方が「秋田の食」を接点につながり支え合い続けられるように「eat AKITA プロジェクト〜その“ひとくち”が秋田の農業へのエールになる〜」を開始しました。

 2月から秋田県内のプロスポーツチームの選手を起用したテレビCMの放映や県内各所でのポスター掲示、イベント開催などを通じてプロジェクトの浸透を図ります。

1月末の記者発表会に参加した(右から)秋田県本部の小松忠彦運営委員会会長と椎川浩県本部長
茶わんの周りに秋田県を代表する農畜産物のイラストを配置したプロジェクトロゴマーク

 

eat AKITAプロジェクト特設ページはこちら https://eat-akita.com/

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