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広報・調査部

皆で考えよう 日本の食料安全保障 東京大学大学院農学生命科学研究科 鈴木宣弘教授に聞く

運命共同体として支えあい、生産者を守る

東京大学大学院農学生命科学研究科
鈴木宣弘教授

 2022年に入ってから食料品の値上がりが続いています。今、食や農の現場では何が起きているのか、私たちができることは何だろうか――。東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授に話を聞きました。


―― 今、食や農の現場で起きている状況をどのように見られていますか。

 私は「クワトロショック」と呼んでいますが、まず一つは新型コロナで物流が滞り、まだ回復していません。二つ目、中国での需要が増えてきて、今までのように食料をどんどん輸入するということが難しくなってきています。一方、三つ目として異常気象が当たり前になり、世界中で干ばつや洪水などが頻発し供給が不安定になっています。そして四つ目、とどめを刺すかのようにウクライナ紛争が起きてしまいました。今、世界中で食料や生産資材の争奪戦が非常に激しくなってきています。

 物流が止まる要因は三つあると考えます。一つはロシアのように「敵国には売らないよ」と食料を武器とする状況が起きていますよね。そしてもう一つ、ウクライナは生産国ですが、紛争で種まきもできない上に、出荷しようにも海上封鎖で出せなくなり、物理的にどうしようもない状況になっています。一番深刻なのは、それを見て小麦の生産量世界2位のインドのような国が、「自国民を守るために外に売っている場合ではない」と防衛的に輸出を止めたりしており、そのような国が30カ国ほどあります。また、船賃が上がったり、石油の高騰でトウモロコシや大豆などがバイオ燃料にも使われるため穀物価格が暴騰したりといった状況を複雑にしています。さらに深刻なのが、化学肥料の原料です。これまでほとんど輸入に頼っていたことが非常に大きな問題として顕在化してきました。

 国内の農家は肥料代2倍、餌代2倍、燃料代3割高と生産コストが急騰していますが、一方で国産農畜産物の価格は安いまま。価格転嫁ができず廃業に追い込まれる農家も出てきています。

―― 直近のわが国の食料自給率が38%と発表されました。

 (自給率の計算にカウントされている飼料を除く)生産資材の自給率を考えると、実際にはもっと低いわけですよね。種の自給率も低く、野菜の種は1割くらいしか国内で作っていません。野菜の自給率は80%といっているけれど、種が手に入らなければ8%しか作れないということです。化学肥料が止まったら生産も半減します。それも含めると実質的な食料自給率は1割くらいしかないかもしれない。それほど私たちは海外からモノがはいってこなくなったときに命を守れないような、とても脆弱(ぜいじゃく)な、砂上の楼閣(ろうかく)に生きているということを今こそ認識しなければいけないと思います。

まさしく食料の危機に直面している状況です。

 スーパーに行けば少々高いけれどまだモノがあふれているので消費者はそんなことはないと思うかもしれませんが、お金を出せば自由に輸入できるということを前提にした食の安全保障はもう破綻したと考えるべきです。自国で生産できれば良いが、今日本の農家も存続の危機に立たされています。農家がこれ以上大変な状況になったら、自分たちの命に関わる状況が起こるかもしれない。生産者から関連組織や企業、消費者までを運命共同体として、私たちが今、生産者を守らなければいけない状況にきていると思います。国産農畜産物をもっと消費して支えるとか、再生産可能な価格で支えたいという行動を、消費者自身も、それから関連業界も起こさないといけない。

生産者を助け、食の安全保障につなげるにはどのような行動が求められるのでしょうか。

 安いからと輸入品に頼っていたらいざというときに命を守れません。だから消費者が今やるべきことは自分が買うもの、外食や中食、加工品も含めて国産に切り替えるということです。国産を使用した商品、販売しているルートをしっかりとみんなで確認する、そして国産をちゃんと使っている食べ物を選択する。

 また、メーカーなど供給側も国産を使っている商品をちゃんと消費者に届けるための商品づくり、原料を国産に切り替えることで消費者も国産を消費できます。また、使用原料が国産であることが店頭で分かるようにすることも重要です。

 安全保障というのは、武器以前にまず食料を考えるべきです。いざというときに食料をしっかり国民に供給できるかどうか。国内の生産コストが少々高いように思えても、普段からみんなで支えて危機に備えるということは安全保障につながります。そのためのコストを負担することはとても重要になります。

供給する側も、国産、地元産の良さを消費者にしっかり伝えることが大切ですね。

 外国産には日本で認められていない農薬を使用しているものがあるなど、正しい情報を消費者に共有することで国産の安全性が伝わり、国産を選ぶことにもつながります。「命を守るためのコスト」をいかにちゃんと負担するか、そしてそれを理解できるような情報を共有するということは非常に重要だと思います。

今年3月に(一財)食料安全保障推進財団(以下、財団)を設立されました。目的と狙いを教えてください。

 生産者の思いや今の食料、農業の情勢について、セミナーなどを通じて消費者に伝え理解醸成を図ることが大きな目的です。農協も地域住民や消費者に伝えたいことがあるが、市民向けのセミナーを実施するのが難しいという状況もあります。そんなときは財団を通じて機会を作ることは可能なので、ぜひ依頼してもらいたいと思っています。

 また、「食料安全保障推進法制定の推進」も活動の一つとして位置付けています。米の価格が下がり差額を米農家に補填(ほてん)しようとしても、今の日本の予算の仕組みでは難しいのが現状です。片や、防衛費は2倍にしてもいいのではないかという議論もある。安全保障は何より食料を守るべきなので、省庁ごとによる枠組みを取っ払い、すぐに国が予算を出せるようにするための法律が必要だと考えています。

 そして、賛同の輪を広げることで集まった資金をもとに、運命共同体として農業の危機、食料危機を解決するため、生産者や消費者など困っている人を財団が支援することもできるのではないかということも考えています。

JAグループができることは何でしょう。

 地元のJAはまさに生産者に一番近い組織として今、何ができるか、何をやろうとしているかの意思を具体的に農家に伝える必要があると思っています。農協は農家のために最後のとりでになるつもりで最後まで頑張るということをちゃんと伝えて、それを行動、実践に移すことが重要で、全国組織も同様です。また、生産コストの高騰が価格転嫁されないなか、農家が自分で価格を決めて販売できる直売所のシステムを農協や全農の流通の中でネットワーク化し、広げていくことは非常に重要な取り組みになると期待しています。

財団URL https://www.foodscjapan.org/

鈴木教授が理事長をつとめる(一財)食料安全保障推進財団のサイト

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